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溝口家の入封と新発田城の築城
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重家時代の新発田城を取り込んで築城 Topへ
本丸の表門、辰巳櫓、右は時を知らせる太鼓櫓 ニノ丸の大手 中ノ門
本丸の御物見から見たニノ丸の上級藩士の家並み
新発田城周辺図
新発田城周辺図 御下馬から土橋門、表門、本丸御殿へ

新発田城の周辺の様子
(文字か、画像をクリックするとその地域のイラストがでます。)

本丸の表門、辰巳櫓、太鼓櫓

本丸の御物見から見た二ノ丸の上級藩士の家並み

二ノ丸の大手中ノ門

御下馬から土橋門、表門、本丸御殿

築城の地は新発田重家の居城跡を選びましたが、その規模は重家時代のそれを遥かに上回るものでした。

溝口秀勝が築いた新発田城の本丸北側の二の丸御蔵屋敷北側は「古丸」と称し、重家時代の新発田城の本丸であったと推測されます。新城はその地を城の一部として取り入れつつ、古城の数倍の大規模なものに建設されたのです。
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新発田城築城のその後 Topへ
新発田城は、溝口秀勝による築城開始後約50年の歳月を経て、三代宣直の時代にようやく完成しました。しかし、その後の大火や時間の経過による老朽化その他により、数度の修復や再建が行なわれています。
おおまかな新発田城の変遷は、次のとおりとなっております。
(別表 「新発田城の変遷」参照)
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矢印溝口家の入封と新発田城の築城 明治維新と新発田城矢印
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